第4話 ミカの事(1)
コーポ高橋は最近ではあまり見かけなくなったタイプのアパートだった。
アパートというよりは下宿というか、間口の広い入り口の引き戸を潜ると玄関で靴を脱ぐようになっている。
個々の部屋に下足があるわけでは無く、入り口が大きな下足口なのだ。
まるで大きな一軒家のような体裁だが、建物の大きさに対して部屋数は少ない。
木造モルタル二階建ての建物に部屋が6つ、うち一つが大家兼管理人室だというから実質入居出来るのは5組、玄関の右手にあった集合ポストに名前が入っていたのはうち3つだった。
この手の集合アパートは風呂無しトイレ共同、とか言うのがよくあるパターンなのだろうけど、このコーポ高橋はそうではないらしい。
大吾曰く各部屋にユニットバス完備なのだそうだ。
確かに足を踏み入れてみたら、古めかしい造りのわりに中は非常にしっかりしていて、綺麗だった。
照明が裸電球で切れ掛かってチカチカと…という事も無く、規則正しく蛍光灯が天井に埋め込まれている。
壁紙も蛍光灯の白色を受けても目に痛くないアイボリーホワイトで、張り替えた直後のように汚れも無かった。
そういえば庭もバランス良く四季の花や樹木が植えられていて、7月の今は百日紅の木が可愛い赤い花をつけている。
そう、このコーポ高橋は、全てにおいて非の打ち所が無い所なのだ。
「さあ、恵一の部屋は二階の一番奥だぜ」
大吾が下足で履き潰しかけたワークブーツを脱ぎながら私に微笑みかける。
「なんか楽しそうだね」
「あ!?そうか?まぁ久しぶりだからな、楽しみっちゃあ楽しみだな」
「最近そんな顔見なかったからさ」
「まぁな、ただただ意味も無く忙しいだけってのは精神が磨り減るよ」
大吾が両手に持ったスーパーの袋が汗をかき出している。
そんなに買わなくても、という私の意見を無視して大吾は溢れんばかりの缶ビールや缶チューハイを買い込んだ。
平井大吾は私の彼氏である、厳密に言うと彼氏では無いのだろうが。
私、ミカは平井大吾の彼女である、それ以上もそれ以下も無い、ミカはミカ、私はただのミカ。
私は平井大吾が生み出した妄想、ただの大吾の脳細胞が生み出した虚構。
最初はきっとテレビを見て素敵な女優さんやモデルさんが出てきたときに
「こんな女が俺の彼女だったらなぁ」
と思った、それくらいのものだったんだろう。
それが段々具体的になり、実際の彼女のように過ごすようになり。
ある瞬間だった、私自身も良く覚えていない、漫然とした記憶の断片ではあるのだけど。
自我が生まれた、自分は自分、という自我が生まれたのだ。
勿論私を構成している全ては平井大吾の妄想であり、実体すら私は持っていない。
きっと私が持ち合わせている自我という物は、平井大吾が考えうる女性像の妄想のレンジの中を不規則に飛び回る粒子みたいなものなんだと思う。
だから自我がある私の性格はやっぱり大吾の理想的な女性なんだろうし、そこから抜け出る事はきっと出来ないのだ。
普段は大手飲料製品会社で働いている大吾はなかなか忙しそうだ。
入社二年目、とは言え大学を二浪して入っているので周りの同期と比べたら2年年上という事になる。
行動力はあるが機転が利かないタイプの私の彼氏は、今は新製品の宣伝チームに入れられて七転八倒している。
宣伝チームとは言え一番下っ端の大吾は雑用から資料作り、広告会社との打ち合わせなどで気が付けば終電を逃していた、というのもここ数ヶ月は多々ある。
そんな平日も休日も無い状況だが、今日の大学時代の親友との飲み会だけは何があっても断れないと言い、ここ数日間は会社に泊まりこみで急ピッチで仕事を終わらせてきた。
大吾が私をそういう所に呼び出すのは珍しい、きっと本当に自慢したい仲間なんだろう。
私も下足で履いてきた白いヒールを脱ぐ、妄想だからってそういう部分はしっかりしているのだ。
まぁ、私の靴は誰も見ることも触れることも出来ないんだけど。
To be continued…
アパートというよりは下宿というか、間口の広い入り口の引き戸を潜ると玄関で靴を脱ぐようになっている。
個々の部屋に下足があるわけでは無く、入り口が大きな下足口なのだ。
まるで大きな一軒家のような体裁だが、建物の大きさに対して部屋数は少ない。
木造モルタル二階建ての建物に部屋が6つ、うち一つが大家兼管理人室だというから実質入居出来るのは5組、玄関の右手にあった集合ポストに名前が入っていたのはうち3つだった。
この手の集合アパートは風呂無しトイレ共同、とか言うのがよくあるパターンなのだろうけど、このコーポ高橋はそうではないらしい。
大吾曰く各部屋にユニットバス完備なのだそうだ。
確かに足を踏み入れてみたら、古めかしい造りのわりに中は非常にしっかりしていて、綺麗だった。
照明が裸電球で切れ掛かってチカチカと…という事も無く、規則正しく蛍光灯が天井に埋め込まれている。
壁紙も蛍光灯の白色を受けても目に痛くないアイボリーホワイトで、張り替えた直後のように汚れも無かった。
そういえば庭もバランス良く四季の花や樹木が植えられていて、7月の今は百日紅の木が可愛い赤い花をつけている。
そう、このコーポ高橋は、全てにおいて非の打ち所が無い所なのだ。
「さあ、恵一の部屋は二階の一番奥だぜ」
大吾が下足で履き潰しかけたワークブーツを脱ぎながら私に微笑みかける。
「なんか楽しそうだね」
「あ!?そうか?まぁ久しぶりだからな、楽しみっちゃあ楽しみだな」
「最近そんな顔見なかったからさ」
「まぁな、ただただ意味も無く忙しいだけってのは精神が磨り減るよ」
大吾が両手に持ったスーパーの袋が汗をかき出している。
そんなに買わなくても、という私の意見を無視して大吾は溢れんばかりの缶ビールや缶チューハイを買い込んだ。
平井大吾は私の彼氏である、厳密に言うと彼氏では無いのだろうが。
私、ミカは平井大吾の彼女である、それ以上もそれ以下も無い、ミカはミカ、私はただのミカ。
私は平井大吾が生み出した妄想、ただの大吾の脳細胞が生み出した虚構。
最初はきっとテレビを見て素敵な女優さんやモデルさんが出てきたときに
「こんな女が俺の彼女だったらなぁ」
と思った、それくらいのものだったんだろう。
それが段々具体的になり、実際の彼女のように過ごすようになり。
ある瞬間だった、私自身も良く覚えていない、漫然とした記憶の断片ではあるのだけど。
自我が生まれた、自分は自分、という自我が生まれたのだ。
勿論私を構成している全ては平井大吾の妄想であり、実体すら私は持っていない。
きっと私が持ち合わせている自我という物は、平井大吾が考えうる女性像の妄想のレンジの中を不規則に飛び回る粒子みたいなものなんだと思う。
だから自我がある私の性格はやっぱり大吾の理想的な女性なんだろうし、そこから抜け出る事はきっと出来ないのだ。
普段は大手飲料製品会社で働いている大吾はなかなか忙しそうだ。
入社二年目、とは言え大学を二浪して入っているので周りの同期と比べたら2年年上という事になる。
行動力はあるが機転が利かないタイプの私の彼氏は、今は新製品の宣伝チームに入れられて七転八倒している。
宣伝チームとは言え一番下っ端の大吾は雑用から資料作り、広告会社との打ち合わせなどで気が付けば終電を逃していた、というのもここ数ヶ月は多々ある。
そんな平日も休日も無い状況だが、今日の大学時代の親友との飲み会だけは何があっても断れないと言い、ここ数日間は会社に泊まりこみで急ピッチで仕事を終わらせてきた。
大吾が私をそういう所に呼び出すのは珍しい、きっと本当に自慢したい仲間なんだろう。
私も下足で履いてきた白いヒールを脱ぐ、妄想だからってそういう部分はしっかりしているのだ。
まぁ、私の靴は誰も見ることも触れることも出来ないんだけど。
To be continued…
この記事へのトラックバックURL
http://gaiacrewnovel.fourw.net/t17542




