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加東 岳史。 最近、涙もろくなった乙女座O型。 素敵なLove Storyを皆様にお届けします。 何をやっている人かと言うと、(1)役者 (2)脚本家 (3)演出家 (4)劇団代表 (5)小説家 (6)DJ (7)秘密 と、イロイロな顔を持ってます。
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第1話 ノアの事(1)

恵一の部屋に電話機、というやつは無い。
若い男性の一人暮らしなんて携帯電話一個あれば十分で、回線が開いているとすれば
それはインターネットで世界中に飛び回る為のパスポートみたいなものだ。
元々恵一自体が電話もメールもあまりしない無精者で、携帯電話が電話の役割を果たしている事があまり無い。
愛用している黒いサムソナイトのビジネスバッグに携帯を入れっぱなしにして、朝起きてみたら会社からの
「至急連絡ください」というメールと着信履歴で一杯だった、という事だってしばしばだ。

だからこの前聞いてみることにした
「恵一電話嫌いなの?」って思い切って。

その日は恵一と二人で作った鮭のムニエルがとても出来が良くて
(この場合正しくは恵一が作った、なんだろうけど、私と恵一のそういう関係はとても曖昧で、かつとても健全な物なのだ)
二人で囲んだ食卓はいつも以上に笑いに溢れてて、テレビから聞こえてくる最近売り出し中のお笑いコンビのネタも、半分だけ開け放した窓から入り込む少しムッとした夏の風も全てが心地よかった、だからこの話題で恵一が気分を害することは無いだろうっていう、計算もあったのは確かだ。

「そんな事ないよ、返事とかは不精になる事も多いけど、嫌いとかそういうのは無いよ」
恵一から帰ってきた答えは思った以上に普通だった。
「でも恵一が自分から電話したり、メールしたりするの見たことないよ?」
「だってする用事が無かったらしないでしょ?」
「たまにしてる電話とかメールも凄く不機嫌そうにやってるし」
「それはあれだよ、会社の仕事関係の連絡だからだよ、そんなの楽しいわけ無いじゃん」
確かにそうだ、恵一は中堅と大手の真ん中くらいの微妙なラインの会社でSEとして頑張っている。
会社の事は全然私にはわからないけど、入社二年目にしてはそれなり以上に仕事が出来るらしい、と言うのと、だからこそ上司の覚えもよく、背負いたくない責任とか行きたくもない食事会だったりが日に日に増えているのも知っている。
それに伴って、会社の一部の女性陣が恵一を目線の端っこに入れだしている、っていうのは、多分恵一は知ろうとしていないだけで、だからこそ私には良くわかることなんだけど。
「でもどうしたのそんな事急に聞いてきて」
ムニエルの添え物のサニーレタスをバリバリと食べた後に恵一が逆に聞いてきた。
「ん?特に理由は無いけど、あんまりお友達と遊んだりとか恵一しないじゃない?ひょっとして友達いないのかなぁ~って」
「その言われ方もひどいなぁ」
「だってさ、本当の事じゃない?」
恵一は別に怒りもせず、うっすら笑いながら楽しげに私と話す。
もう食卓はすっかり平らげられて、恵一は腹をポンポン叩きながら麦茶を飲んで満足げだ。
「いるよ、友達、大事な連中がね」
「前に話していた大学の同級生?」
「そう、同じサークルの仲間でね、こいつらがいい奴らなんだよ…」
「前も話してたよね、その人達の話しか聞いたこと無いよ?」
ニヤっと笑った恵一の顔は懐かしいものを思い出す顔だった、それは私に向けた事の無い
顔だったし、それが悪いとは言わない、でも一女性としてはなんとなくジェラシーのような
物を焼いてしまうのもまた事実だったりするのだ、事実その時の私はそうだったし。
「…なんかニヤニヤして楽しそう」
「え?あ、変な顔してた?」
「大分変だった、上見ながらニヤニヤしちゃってさ」
「そんなこと無いよ、でもそうだなぁ、言われて見たら卒業してから一回もあいつらに会ってないな、アレから二年か…陸も崇も大吾さんも彩夏も元気かなぁ」
「え?彩夏って、女性も混じってるんだ」
思わず私は身を乗り出して恵一に迫ってしまう。
「そうだよ、うちのサークルの中でも特につるんだ5人組、その紅一点が彩夏、三田彩夏、言う事成す事全部男勝り、いやそれ以上のつよーい奴だよ、怒らせると怖いんだ」
聞いてないことまで恵一は話し出す、やっぱり大学の友達の事になると恵一は異常に口が軽くなる。
「そこまで聞いてないって」
「あ、そうか、そうだね」
微笑んだ私の頭を恵一は優しく撫でてくれる、恵一のこの手が好きだ、大きくて指の長いこの手が。
この手の届く所に居たいと常に思う、私には恵一しかないし、恵一にも私が必要なんだと思う、でも恵一の思い出には敵わないし、届かないと言うのを気づいてしまった私も居る。
私がここに居るのは奇跡みたいな物で、そういう意味では神様を信じてもいいかなとは
思うのだけれども、もし神様がいるならあのタイミングで携帯電話の着信音を鳴らすのはあまりにもズルイと思う。

恵一が私の頭を撫でていたときにその携帯電話は鳴った、ありきたりの、デフォルトの着信音で。
表示されたディスプレイには
[三田彩夏]
という文字が点滅していた。


To be continued…




2008年05月13日 10:00 │Comments(0)TrackBack(0)ノアの事

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