第12話 ミカの事(3)
その「川村くん」の部屋はこざっぱりとしていた。
入って奥にベッド、ベッドの上の棚にはマンガ雑誌が整然と並べられたカラーボックス、変な形のCDプレイヤーがある。
入ってすぐの壁際にはパソコンが一台、見た目は古そうだけど大吾曰く
「恵一の性格上見た目にこだわらないんだよ、中身は自分で改造してんじゃねえの?」
との事、パソコンの横には簡素な部屋の中で唯一の装飾とも言える「メトロポリス」のポスターが貼ってある。
ちゃぶ台があって、ベットの反対側には大きめの液晶テレビ、テレビ台の下の段にはDVDレコーダー、そしてテレビゲームとソフトがぎっしりとつめられていた。
奥はベランダになっていて、二階からの景色は広めのコーポ高橋の庭が良く見える。
玄関の横手には小さいけど使い勝手の良さそうなキッチンがあって、その横にはトイレとお風呂場、なんとユニットバスではない、風呂トイレ別のしっかりしたお風呂だった。
そしてまずなんと言っても部屋が広い、「コーポ高橋」という名前で入り口は完全に下宿みたいな門構え、おもてを一見しただけではどう見ても風呂無しトイレ共同の板がギシギシなりそうな安アパートなのだ。
ざっと見渡してもこの部屋は12畳以上はある、普通に過ごしやすい素敵なワンルームだ。
「な?小奇麗だし広いだろ?だからみんなここに集まるんだよ」
「にしてもこれ凄いよ、誰が見たってここで住みたいって思っちゃうよ?家賃高いのかな」
「いや、安いって言ってた、何しろ学生の頃から引っ越してないからな、6万とかそんくらいじゃねえか?」
「ありえない!それはありえないよ!大吾の部屋いくらだっけ?」
「9万8千円、ユニットバスの2DKだよ、わかってんだろ?」
大吾の部屋はここと対極だ、汚い、とにかく汚い。
部屋を掃除する気はあるらしいのだが、日々の忙しさにその気持ちも負けてしまうのだろう。洗濯機を回すのも週に多くて二回、掃除機は月二回あればいいほうだ。
かろうじて最後の理性でゴミ袋だらけのごみ屋敷にしていないだけマシな方なのかもしれないが。
「恵一の家もかわらねえなぁ、テレビが液晶薄型になったくらいか、あいつも稼いでるんだな」
「本当に良くつるんでたんだね」
「そりゃそうだよ!毎日学校で顔合わせて、終わりゃバイト以外では大体一緒さ」
「いいなぁそういうの、私にはそういう友達もいないからね」
「なんだよ、妬いてるのか?ミカ」
妬いてるわけじゃない、本心を言ってるだけだ。
私はどこまで言っても平井大吾の影でしかない、そこから出る事は出来ない。
それが悔しいわけでも悲しいわけでもないけれど、思い出を共感したり、語り合ったり、喧嘩したり、そういう事がしてみたい、ただの我が儘だけど。
「冗談言わないでよ、いいわよ、お邪魔はしないから、君にもそういう休息、必要だもんね」
そういって私は踵を返してドアに向かう、後ろから大吾の声が聞こえるけど無視する。
本当に邪魔はしたくない、だって大吾のことを愛しているから、わたしは大吾の彼女だから、今は思い出の中で楽しんで欲しいって思う。
このドアを出れば私はつかの間居なくなる、それは大吾が望んでいるから?
私がそうしたいから?
このドアを出たら私はどこにいくんだろう?
でも振り返らない、いつも私はそうだから。
瞼を閉じながら、私はドアのノブを握る。
To be continued…
入って奥にベッド、ベッドの上の棚にはマンガ雑誌が整然と並べられたカラーボックス、変な形のCDプレイヤーがある。
入ってすぐの壁際にはパソコンが一台、見た目は古そうだけど大吾曰く
「恵一の性格上見た目にこだわらないんだよ、中身は自分で改造してんじゃねえの?」
との事、パソコンの横には簡素な部屋の中で唯一の装飾とも言える「メトロポリス」のポスターが貼ってある。
ちゃぶ台があって、ベットの反対側には大きめの液晶テレビ、テレビ台の下の段にはDVDレコーダー、そしてテレビゲームとソフトがぎっしりとつめられていた。
奥はベランダになっていて、二階からの景色は広めのコーポ高橋の庭が良く見える。
玄関の横手には小さいけど使い勝手の良さそうなキッチンがあって、その横にはトイレとお風呂場、なんとユニットバスではない、風呂トイレ別のしっかりしたお風呂だった。
そしてまずなんと言っても部屋が広い、「コーポ高橋」という名前で入り口は完全に下宿みたいな門構え、おもてを一見しただけではどう見ても風呂無しトイレ共同の板がギシギシなりそうな安アパートなのだ。
ざっと見渡してもこの部屋は12畳以上はある、普通に過ごしやすい素敵なワンルームだ。
「な?小奇麗だし広いだろ?だからみんなここに集まるんだよ」
「にしてもこれ凄いよ、誰が見たってここで住みたいって思っちゃうよ?家賃高いのかな」
「いや、安いって言ってた、何しろ学生の頃から引っ越してないからな、6万とかそんくらいじゃねえか?」
「ありえない!それはありえないよ!大吾の部屋いくらだっけ?」
「9万8千円、ユニットバスの2DKだよ、わかってんだろ?」
大吾の部屋はここと対極だ、汚い、とにかく汚い。
部屋を掃除する気はあるらしいのだが、日々の忙しさにその気持ちも負けてしまうのだろう。洗濯機を回すのも週に多くて二回、掃除機は月二回あればいいほうだ。
かろうじて最後の理性でゴミ袋だらけのごみ屋敷にしていないだけマシな方なのかもしれないが。
「恵一の家もかわらねえなぁ、テレビが液晶薄型になったくらいか、あいつも稼いでるんだな」
「本当に良くつるんでたんだね」
「そりゃそうだよ!毎日学校で顔合わせて、終わりゃバイト以外では大体一緒さ」
「いいなぁそういうの、私にはそういう友達もいないからね」
「なんだよ、妬いてるのか?ミカ」
妬いてるわけじゃない、本心を言ってるだけだ。
私はどこまで言っても平井大吾の影でしかない、そこから出る事は出来ない。
それが悔しいわけでも悲しいわけでもないけれど、思い出を共感したり、語り合ったり、喧嘩したり、そういう事がしてみたい、ただの我が儘だけど。
「冗談言わないでよ、いいわよ、お邪魔はしないから、君にもそういう休息、必要だもんね」
そういって私は踵を返してドアに向かう、後ろから大吾の声が聞こえるけど無視する。
本当に邪魔はしたくない、だって大吾のことを愛しているから、わたしは大吾の彼女だから、今は思い出の中で楽しんで欲しいって思う。
このドアを出れば私はつかの間居なくなる、それは大吾が望んでいるから?
私がそうしたいから?
このドアを出たら私はどこにいくんだろう?
でも振り返らない、いつも私はそうだから。
瞼を閉じながら、私はドアのノブを握る。
To be continued…
第8話 ミカの事(2)
「おーい、恵一!来たぞ!」
大吾が大声でドアを叩いている。
コーポ高橋の二階の一番奥、208号室の扉には簡素なメモ紙に「川村」とだけマジックで書かれて押しピンで止められている。
「おかしいなぁ、あいつが自分の部屋を指定したのにいねえのかよ」
「待ち合わせ時間がずれてるとかないの?」
「あぁ、まぁ確かに待ち合わせの時間より30分早いけどさ」
「じゃあ、どっか出ててもおかしくないじゃない、コンビニとか買出しに行ってるかも」
大吾はうーんとか唸りながら、またドアをどんどん叩き出した。
大体、駅に付いた段階でメールなり電話なりしておけばいいのだ。
しかし、大吾曰く今日会いに来た親友の川村恵一くんは、社会人として情報社会に生きている認識に欠けているらしい。
「恵一にメールとか出しても帰ってくるのは3日後とかザラだよ、携帯を携帯しない事だってしょっちゅうだし」
「それって不便ね、でも仕事ってSEなんでしょ?」
「ああ、だから良く働けるよなって思うんだよな、取引先とかと打ち合わせするのとかって苦痛なんじゃねえのかな」
「そう思うのはキミが今自分の仕事がしんどいからでしょ?」
「んなことねえよ、楽しくやらせてもらってますぜ」
「嘘吐き」
言いながらもドアノブをひねってみた大吾が視界から消えた。
厳密には消えたのではなかった、ドアノブをひねった大吾はそのまま開いたドアに体重を預けてしまったため、部屋の中に倒れたのだ。
派手な音を鳴らして転んだ大吾は面食らったような顔をした。
「マジか…ドア開いてるじゃねえかよ、恵一…恵一!」
それでも部屋の中から家主の声はしない、夏の夕暮れを告げる蝉の声と部屋に差し込む夕日の光の筋が数本見えるだけだ。
「やっぱりお留守みたいね」
「出かけてるのに部屋の鍵開けっ放しかよ、信じられねえな」
言いながらも大吾は勝手に部屋の中にあがっていく。
「勝手にお邪魔しますよ…っと、おい、お前も入れよ」
「入れよって、キミさぁ、そういう所いいかげんだよね」
「場所指定して俺ら呼び出したのは恵一だぜ?
それにあいつとは大学のときからの親友だからな、全然問題ないって」
「そうだよね、三浪して入った大学の数少ない友達だもんね」
「それを言われると耳が痛いなぁ…」
あえて意地悪を言ってみた、私にはそんな思い出も分かち合える友達も居ない。
大吾はいつも私と一緒に居るけど、それはあくまでも彼氏として、私の宿主としての大吾であって、友達では無い、言い方を変えれば私は「他人」が欲しいんだ。
パーソナルな自分を客観的に見てくれる他人が欲しい、私は最近ずっとその事を考えてしまう。
平井大吾は私の彼氏
平井大吾は私の宿主
平井大吾の妄想の私
私は何なんだろう?私は誰なんだろう?
To be continued…
大吾が大声でドアを叩いている。
コーポ高橋の二階の一番奥、208号室の扉には簡素なメモ紙に「川村」とだけマジックで書かれて押しピンで止められている。
「おかしいなぁ、あいつが自分の部屋を指定したのにいねえのかよ」
「待ち合わせ時間がずれてるとかないの?」
「あぁ、まぁ確かに待ち合わせの時間より30分早いけどさ」
「じゃあ、どっか出ててもおかしくないじゃない、コンビニとか買出しに行ってるかも」
大吾はうーんとか唸りながら、またドアをどんどん叩き出した。
大体、駅に付いた段階でメールなり電話なりしておけばいいのだ。
しかし、大吾曰く今日会いに来た親友の川村恵一くんは、社会人として情報社会に生きている認識に欠けているらしい。
「恵一にメールとか出しても帰ってくるのは3日後とかザラだよ、携帯を携帯しない事だってしょっちゅうだし」
「それって不便ね、でも仕事ってSEなんでしょ?」
「ああ、だから良く働けるよなって思うんだよな、取引先とかと打ち合わせするのとかって苦痛なんじゃねえのかな」
「そう思うのはキミが今自分の仕事がしんどいからでしょ?」
「んなことねえよ、楽しくやらせてもらってますぜ」
「嘘吐き」
言いながらもドアノブをひねってみた大吾が視界から消えた。
厳密には消えたのではなかった、ドアノブをひねった大吾はそのまま開いたドアに体重を預けてしまったため、部屋の中に倒れたのだ。
派手な音を鳴らして転んだ大吾は面食らったような顔をした。
「マジか…ドア開いてるじゃねえかよ、恵一…恵一!」
それでも部屋の中から家主の声はしない、夏の夕暮れを告げる蝉の声と部屋に差し込む夕日の光の筋が数本見えるだけだ。
「やっぱりお留守みたいね」
「出かけてるのに部屋の鍵開けっ放しかよ、信じられねえな」
言いながらも大吾は勝手に部屋の中にあがっていく。
「勝手にお邪魔しますよ…っと、おい、お前も入れよ」
「入れよって、キミさぁ、そういう所いいかげんだよね」
「場所指定して俺ら呼び出したのは恵一だぜ?
それにあいつとは大学のときからの親友だからな、全然問題ないって」
「そうだよね、三浪して入った大学の数少ない友達だもんね」
「それを言われると耳が痛いなぁ…」
あえて意地悪を言ってみた、私にはそんな思い出も分かち合える友達も居ない。
大吾はいつも私と一緒に居るけど、それはあくまでも彼氏として、私の宿主としての大吾であって、友達では無い、言い方を変えれば私は「他人」が欲しいんだ。
パーソナルな自分を客観的に見てくれる他人が欲しい、私は最近ずっとその事を考えてしまう。
平井大吾は私の彼氏
平井大吾は私の宿主
平井大吾の妄想の私
私は何なんだろう?私は誰なんだろう?
To be continued…
第4話 ミカの事(1)
コーポ高橋は最近ではあまり見かけなくなったタイプのアパートだった。
アパートというよりは下宿というか、間口の広い入り口の引き戸を潜ると玄関で靴を脱ぐようになっている。
個々の部屋に下足があるわけでは無く、入り口が大きな下足口なのだ。
まるで大きな一軒家のような体裁だが、建物の大きさに対して部屋数は少ない。
木造モルタル二階建ての建物に部屋が6つ、うち一つが大家兼管理人室だというから実質入居出来るのは5組、玄関の右手にあった集合ポストに名前が入っていたのはうち3つだった。
この手の集合アパートは風呂無しトイレ共同、とか言うのがよくあるパターンなのだろうけど、このコーポ高橋はそうではないらしい。
大吾曰く各部屋にユニットバス完備なのだそうだ。
確かに足を踏み入れてみたら、古めかしい造りのわりに中は非常にしっかりしていて、綺麗だった。
照明が裸電球で切れ掛かってチカチカと…という事も無く、規則正しく蛍光灯が天井に埋め込まれている。
壁紙も蛍光灯の白色を受けても目に痛くないアイボリーホワイトで、張り替えた直後のように汚れも無かった。
そういえば庭もバランス良く四季の花や樹木が植えられていて、7月の今は百日紅の木が可愛い赤い花をつけている。
そう、このコーポ高橋は、全てにおいて非の打ち所が無い所なのだ。
「さあ、恵一の部屋は二階の一番奥だぜ」
大吾が下足で履き潰しかけたワークブーツを脱ぎながら私に微笑みかける。
「なんか楽しそうだね」
「あ!?そうか?まぁ久しぶりだからな、楽しみっちゃあ楽しみだな」
「最近そんな顔見なかったからさ」
「まぁな、ただただ意味も無く忙しいだけってのは精神が磨り減るよ」
大吾が両手に持ったスーパーの袋が汗をかき出している。
そんなに買わなくても、という私の意見を無視して大吾は溢れんばかりの缶ビールや缶チューハイを買い込んだ。
平井大吾は私の彼氏である、厳密に言うと彼氏では無いのだろうが。
私、ミカは平井大吾の彼女である、それ以上もそれ以下も無い、ミカはミカ、私はただのミカ。
私は平井大吾が生み出した妄想、ただの大吾の脳細胞が生み出した虚構。
最初はきっとテレビを見て素敵な女優さんやモデルさんが出てきたときに
「こんな女が俺の彼女だったらなぁ」
と思った、それくらいのものだったんだろう。
それが段々具体的になり、実際の彼女のように過ごすようになり。
ある瞬間だった、私自身も良く覚えていない、漫然とした記憶の断片ではあるのだけど。
自我が生まれた、自分は自分、という自我が生まれたのだ。
勿論私を構成している全ては平井大吾の妄想であり、実体すら私は持っていない。
きっと私が持ち合わせている自我という物は、平井大吾が考えうる女性像の妄想のレンジの中を不規則に飛び回る粒子みたいなものなんだと思う。
だから自我がある私の性格はやっぱり大吾の理想的な女性なんだろうし、そこから抜け出る事はきっと出来ないのだ。
普段は大手飲料製品会社で働いている大吾はなかなか忙しそうだ。
入社二年目、とは言え大学を二浪して入っているので周りの同期と比べたら2年年上という事になる。
行動力はあるが機転が利かないタイプの私の彼氏は、今は新製品の宣伝チームに入れられて七転八倒している。
宣伝チームとは言え一番下っ端の大吾は雑用から資料作り、広告会社との打ち合わせなどで気が付けば終電を逃していた、というのもここ数ヶ月は多々ある。
そんな平日も休日も無い状況だが、今日の大学時代の親友との飲み会だけは何があっても断れないと言い、ここ数日間は会社に泊まりこみで急ピッチで仕事を終わらせてきた。
大吾が私をそういう所に呼び出すのは珍しい、きっと本当に自慢したい仲間なんだろう。
私も下足で履いてきた白いヒールを脱ぐ、妄想だからってそういう部分はしっかりしているのだ。
まぁ、私の靴は誰も見ることも触れることも出来ないんだけど。
To be continued…
アパートというよりは下宿というか、間口の広い入り口の引き戸を潜ると玄関で靴を脱ぐようになっている。
個々の部屋に下足があるわけでは無く、入り口が大きな下足口なのだ。
まるで大きな一軒家のような体裁だが、建物の大きさに対して部屋数は少ない。
木造モルタル二階建ての建物に部屋が6つ、うち一つが大家兼管理人室だというから実質入居出来るのは5組、玄関の右手にあった集合ポストに名前が入っていたのはうち3つだった。
この手の集合アパートは風呂無しトイレ共同、とか言うのがよくあるパターンなのだろうけど、このコーポ高橋はそうではないらしい。
大吾曰く各部屋にユニットバス完備なのだそうだ。
確かに足を踏み入れてみたら、古めかしい造りのわりに中は非常にしっかりしていて、綺麗だった。
照明が裸電球で切れ掛かってチカチカと…という事も無く、規則正しく蛍光灯が天井に埋め込まれている。
壁紙も蛍光灯の白色を受けても目に痛くないアイボリーホワイトで、張り替えた直後のように汚れも無かった。
そういえば庭もバランス良く四季の花や樹木が植えられていて、7月の今は百日紅の木が可愛い赤い花をつけている。
そう、このコーポ高橋は、全てにおいて非の打ち所が無い所なのだ。
「さあ、恵一の部屋は二階の一番奥だぜ」
大吾が下足で履き潰しかけたワークブーツを脱ぎながら私に微笑みかける。
「なんか楽しそうだね」
「あ!?そうか?まぁ久しぶりだからな、楽しみっちゃあ楽しみだな」
「最近そんな顔見なかったからさ」
「まぁな、ただただ意味も無く忙しいだけってのは精神が磨り減るよ」
大吾が両手に持ったスーパーの袋が汗をかき出している。
そんなに買わなくても、という私の意見を無視して大吾は溢れんばかりの缶ビールや缶チューハイを買い込んだ。
平井大吾は私の彼氏である、厳密に言うと彼氏では無いのだろうが。
私、ミカは平井大吾の彼女である、それ以上もそれ以下も無い、ミカはミカ、私はただのミカ。
私は平井大吾が生み出した妄想、ただの大吾の脳細胞が生み出した虚構。
最初はきっとテレビを見て素敵な女優さんやモデルさんが出てきたときに
「こんな女が俺の彼女だったらなぁ」
と思った、それくらいのものだったんだろう。
それが段々具体的になり、実際の彼女のように過ごすようになり。
ある瞬間だった、私自身も良く覚えていない、漫然とした記憶の断片ではあるのだけど。
自我が生まれた、自分は自分、という自我が生まれたのだ。
勿論私を構成している全ては平井大吾の妄想であり、実体すら私は持っていない。
きっと私が持ち合わせている自我という物は、平井大吾が考えうる女性像の妄想のレンジの中を不規則に飛び回る粒子みたいなものなんだと思う。
だから自我がある私の性格はやっぱり大吾の理想的な女性なんだろうし、そこから抜け出る事はきっと出来ないのだ。
普段は大手飲料製品会社で働いている大吾はなかなか忙しそうだ。
入社二年目、とは言え大学を二浪して入っているので周りの同期と比べたら2年年上という事になる。
行動力はあるが機転が利かないタイプの私の彼氏は、今は新製品の宣伝チームに入れられて七転八倒している。
宣伝チームとは言え一番下っ端の大吾は雑用から資料作り、広告会社との打ち合わせなどで気が付けば終電を逃していた、というのもここ数ヶ月は多々ある。
そんな平日も休日も無い状況だが、今日の大学時代の親友との飲み会だけは何があっても断れないと言い、ここ数日間は会社に泊まりこみで急ピッチで仕事を終わらせてきた。
大吾が私をそういう所に呼び出すのは珍しい、きっと本当に自慢したい仲間なんだろう。
私も下足で履いてきた白いヒールを脱ぐ、妄想だからってそういう部分はしっかりしているのだ。
まぁ、私の靴は誰も見ることも触れることも出来ないんだけど。
To be continued…




