第13話 ノアの事(4)
「じゃあ、恵一またね」
彩夏は完全に酔っ払っている、自分は酒には強いほうだ!と豪語するけど、そんなことは無い、酔っても顔に出ないだけで中身は結構すぐ泥酔状態になる。
まず同じ話を何度も繰り返すようになる、そしてその内容は大体にして説教だ。
反論しても少し立てば同じ話を繰り返すのだから性質が悪い。
だが、今日の彩夏は説教も無かった、実に二年ぶりに会ったというのもあるが、お互いの近況報告を繰り返す感じで時間はあっという間に過ぎていった。
ノアはというとその横で大人しく話を聞いているだけで、僕に話しかけてくるでもなく僕と彩夏の会話を聞いていた。
「おい、大丈夫かよ」
「だーいじょうぶだって!んじゃ、大吾と陸には私から電話するから、崇には電話してね」
「了解、再来週の土曜な」
「部屋掃除しとけよ!」
「あのねえ、俺がいままでお前たちが乱入してきたとき、部屋が汚かったことがあったか?」
「無い!だから変なんだよ!男のくせに部屋がいつも綺麗だなんて気持ち悪い!」
「余計なお世話だよ!早く帰れ!」
彩夏との飲みは再来週に同じサークルの仲間である平井大吾、楢崎陸、小枝崇と僕の家で飲み会をしようという話で決着がついた。
他にもサークルのメンバーはいるのだが、基本的に僕たちはこの5人でつるんでいた。
どこのグループにもグループの中で更にこの数人、という小コミュニティ内コミュニティみたいなものは生まれるわけで、それは僕たちのサークルも例外ではなかった。
変な話大学のときも、授業以外では朝から晩までこのメンバーだった、全く性格の違う5人だけど、兎に角ウマがあったのだ。
大吾さんは3年浪人しているので僕たちより年上だが、いつも僕の家にいた、自分の下宿よりも僕の家で寝泊りした時間のほうが長いんじゃないかと思うくらいだったし、崇は最新ゲームを持ってきてくれたり、どこかに遊びに行くときは宿泊やらルートをしっかり検索してくる、陸は僕たちのサークルの部長だけど、何よりもリーダーシップと決断力がある頼れる男だ、彩夏はなんだかんだでムードメーカーだし、自分で言うのもなんだけど僕自身も行動力はあるほうだと思うし、きっといいチームなんだと思う。
「ねえ、さっきの彩夏さん、うちに来るの?」
「ん、ああ、再来週の土曜日ね、みんな集まるから」
「みんなって、さっき話してた大学のおともだち?」
「そうだよ、皆いいやつ、ちゃんとこっそり紹介するから」
「こっそりか…寂しいな」
「…?なんで?」
「ちゃんと紹介はしてもらえないんでしょ?」
「うん…だってそれは難しいよ」
「何で?私は恵一の彼女だよ?ちゃんと紹介して欲しいじゃない」
「無理だろ…だってノアは俺の妄想から…」
「わかってるよ、わかってるから言わないで、少しだけ悲しくなっちゃうから」
そういうとノアは足早に駅に向かって先を急いだ、まるでこの場を離れたがってるように。
「だってさ、彩夏さんと話してる恵一、いつもと口調も表情も違うんだもん、別人みたいだったよ」
そう言ってノアは微笑んだ、その微笑に僕は僅か以上の罪悪感を感じる。
まだ夜の新宿は、蒸し暑かった。
To be continued…
彩夏は完全に酔っ払っている、自分は酒には強いほうだ!と豪語するけど、そんなことは無い、酔っても顔に出ないだけで中身は結構すぐ泥酔状態になる。
まず同じ話を何度も繰り返すようになる、そしてその内容は大体にして説教だ。
反論しても少し立てば同じ話を繰り返すのだから性質が悪い。
だが、今日の彩夏は説教も無かった、実に二年ぶりに会ったというのもあるが、お互いの近況報告を繰り返す感じで時間はあっという間に過ぎていった。
ノアはというとその横で大人しく話を聞いているだけで、僕に話しかけてくるでもなく僕と彩夏の会話を聞いていた。
「おい、大丈夫かよ」
「だーいじょうぶだって!んじゃ、大吾と陸には私から電話するから、崇には電話してね」
「了解、再来週の土曜な」
「部屋掃除しとけよ!」
「あのねえ、俺がいままでお前たちが乱入してきたとき、部屋が汚かったことがあったか?」
「無い!だから変なんだよ!男のくせに部屋がいつも綺麗だなんて気持ち悪い!」
「余計なお世話だよ!早く帰れ!」
彩夏との飲みは再来週に同じサークルの仲間である平井大吾、楢崎陸、小枝崇と僕の家で飲み会をしようという話で決着がついた。
他にもサークルのメンバーはいるのだが、基本的に僕たちはこの5人でつるんでいた。
どこのグループにもグループの中で更にこの数人、という小コミュニティ内コミュニティみたいなものは生まれるわけで、それは僕たちのサークルも例外ではなかった。
変な話大学のときも、授業以外では朝から晩までこのメンバーだった、全く性格の違う5人だけど、兎に角ウマがあったのだ。
大吾さんは3年浪人しているので僕たちより年上だが、いつも僕の家にいた、自分の下宿よりも僕の家で寝泊りした時間のほうが長いんじゃないかと思うくらいだったし、崇は最新ゲームを持ってきてくれたり、どこかに遊びに行くときは宿泊やらルートをしっかり検索してくる、陸は僕たちのサークルの部長だけど、何よりもリーダーシップと決断力がある頼れる男だ、彩夏はなんだかんだでムードメーカーだし、自分で言うのもなんだけど僕自身も行動力はあるほうだと思うし、きっといいチームなんだと思う。
「ねえ、さっきの彩夏さん、うちに来るの?」
「ん、ああ、再来週の土曜日ね、みんな集まるから」
「みんなって、さっき話してた大学のおともだち?」
「そうだよ、皆いいやつ、ちゃんとこっそり紹介するから」
「こっそりか…寂しいな」
「…?なんで?」
「ちゃんと紹介はしてもらえないんでしょ?」
「うん…だってそれは難しいよ」
「何で?私は恵一の彼女だよ?ちゃんと紹介して欲しいじゃない」
「無理だろ…だってノアは俺の妄想から…」
「わかってるよ、わかってるから言わないで、少しだけ悲しくなっちゃうから」
そういうとノアは足早に駅に向かって先を急いだ、まるでこの場を離れたがってるように。
「だってさ、彩夏さんと話してる恵一、いつもと口調も表情も違うんだもん、別人みたいだったよ」
そう言ってノアは微笑んだ、その微笑に僕は僅か以上の罪悪感を感じる。
まだ夜の新宿は、蒸し暑かった。
To be continued…
第9話 ノアの事(3)
新宿西口交番前の地下から丸の内線乗り場方面に抜け、地上に上がると外は地下とはまた違う熱気に包まれていた。
人の流れに合わせながら新宿西口の大ガード手前の雑居ビルに入る。
「ここあんまり知られて無いんだけど、結構穴場なんだよね」
そんな事呟きながら彩夏がエレベーターのボタンを押す。
ここに着く前から彩夏からは「元気だった?」とか「仕事どう?」とか
久しぶりに会った友達同士がするありきたりの会話を振られていたのだが、僕はどうにも上手い返事が出来ないでいた。
僕の気持ちは僕に寄り添うように居るノアに向いてしまっていた。
今日は久々に彩夏と会って、2年ぶりの身内同窓会の相談をするっていう段取りだった。
だからノアには家に帰ってからゆっくり今日起こったことを話そうと思っていたのだ。
でも今ノアはここにいる、僕自身が呼び出していないのに。
「恵一…」
ノア自身も困惑している、今はダメだ、話しかけられない、目線でそれをノアに伝える、ノアも理解したようにこっくり頷く。
店は確かにこじんまりしていた、カウンターの上には大皿の料理が並び、それほど広くない店内は比較的年齢層の高いサラリーマンたちの笑い声で溢れていた。
「あ、ご予約いただいてた三田様ですね、お席お取りしてますから」
店員に彩夏が名前を告げると奥の席に通された、入り口付近のカウンター席とは違って、簡単な間仕切りで仕切られた簡易個室のような席だった。
「ここはね、会社の先輩に教えてもらったんだ、この席ならゆっくり話せるしね、あ!ここのオススメは豚の角煮と、レンコンのはさみ揚げ、それとね…」
「座っていきなり料理の話かよ、どんだけ腹減ってるのよ」
「あ、ばれちゃった?実は昼から何にも食べてないんだよね~」
まだ鞄も下ろしてない彩夏はもうメニューを広げている、時間に遅れてくるくせにせっかちなのは本当に変わってない、それでも彩夏が僕たちのペースメーカーであって、彩夏が居なかったら僕たち『エンカウント』のサークル仲間たちは夏の沖縄旅行も、修善寺温泉めぐりも、果ては『早朝4時の池袋で鬼ごっこ』なんてどうしょうもないイベントもやらなかったはずだ。
「俺はとりあえずビール、食い物は適当に頼んでおいてよ、トイレ行ってくるわ」
メニューに夢中の彩夏に声をかけてトイレに立つ、勿論ノアもついてくる。
トイレのドアを開けて個室のドアをロックする、やっとノアと話せる環境だ。
「どうしちゃったのさノア?」
「うーんと…わかんない、ふっと気づいたらここにいて、私こんな新宿なんて来たことないでしょ?だから凄い戸惑っちゃって、凄い人で…したら恵一がいて」
「そうか、ノアは街に出るの初めてだもんな…でもなんで来ちゃったんだろうな」
「何でだろう…私が恵一に会いたかったからかな…ねえ、あれが彩夏さん?」
僕は心のどこかでノアに来て欲しいって願っていたのだろうか、彩夏に会うことにそんな躊躇いがあったのだろうか?
「うん、そうだよ、あれが彩夏、こないだ話したよね」
「ふーん、綺麗な人だね」
「ええ?そうかぁ?がさつで男っぽいじゃんか」
「美人さんだよ、少なくとも私はそう思うって事、わかる?」
この時はよくわかってなかった、ノアの言い方で気づくべきだったのだろうけど、ノアがそう思うって事は僕も心のどこかで彩夏に対してそういう思いを持っていたって事なんだろう、少なくともこの段階では、僕とノアは同機していた、そう思う。
「でもどうしようか、これから食事して色々話すから…まぁ二時間くらいはかかっちゃうなぁ」
「隣に座っていてもいい?大人しくしてるからさ」
「一緒にいるって事?」
「なんかまずい事でもあるの?」
「ううん、そんなことはないけどさ、解った、そうしよう」
内心妄想とは言え、自分の彼女を隣に置きながら別の女性と酒を飲むっていうのは心中穏やかではないのだが、この場合仕方ないと自分に言い聞かせた、何でノアがここに出てきてしまったのか、それは家に帰ってからまたゆっくり考えればいい。
その時、胸ポケットで携帯が震えた、マナーモードにしておいた携帯電話がバイブレーションする。
確認すると彩夏からだった。
『いつまでトイレに篭ってんだ!ビールの泡消えちまうぞ!』
「ほら、こういうメールを送ってくるような奴なんだよ、彩夏は」
「はは、でも面白いね彩夏さん、早く戻ろうよ、怪しまれるのも嫌でしょ?」
席に戻ると既にビールのジョッキは軽く汗をかいて、泡が消えていた。
「恵一いつまでトイレにいるのよ!何?便秘?」
「違うよ馬鹿、仕事の電話もかかってきてたんだよ」
言いながら席に座る、4人掛けの席に二人とノア、僕の横にノアはちょこんと座った。
To be continued…
人の流れに合わせながら新宿西口の大ガード手前の雑居ビルに入る。
「ここあんまり知られて無いんだけど、結構穴場なんだよね」
そんな事呟きながら彩夏がエレベーターのボタンを押す。
ここに着く前から彩夏からは「元気だった?」とか「仕事どう?」とか
久しぶりに会った友達同士がするありきたりの会話を振られていたのだが、僕はどうにも上手い返事が出来ないでいた。
僕の気持ちは僕に寄り添うように居るノアに向いてしまっていた。
今日は久々に彩夏と会って、2年ぶりの身内同窓会の相談をするっていう段取りだった。
だからノアには家に帰ってからゆっくり今日起こったことを話そうと思っていたのだ。
でも今ノアはここにいる、僕自身が呼び出していないのに。
「恵一…」
ノア自身も困惑している、今はダメだ、話しかけられない、目線でそれをノアに伝える、ノアも理解したようにこっくり頷く。
店は確かにこじんまりしていた、カウンターの上には大皿の料理が並び、それほど広くない店内は比較的年齢層の高いサラリーマンたちの笑い声で溢れていた。
「あ、ご予約いただいてた三田様ですね、お席お取りしてますから」
店員に彩夏が名前を告げると奥の席に通された、入り口付近のカウンター席とは違って、簡単な間仕切りで仕切られた簡易個室のような席だった。
「ここはね、会社の先輩に教えてもらったんだ、この席ならゆっくり話せるしね、あ!ここのオススメは豚の角煮と、レンコンのはさみ揚げ、それとね…」
「座っていきなり料理の話かよ、どんだけ腹減ってるのよ」
「あ、ばれちゃった?実は昼から何にも食べてないんだよね~」
まだ鞄も下ろしてない彩夏はもうメニューを広げている、時間に遅れてくるくせにせっかちなのは本当に変わってない、それでも彩夏が僕たちのペースメーカーであって、彩夏が居なかったら僕たち『エンカウント』のサークル仲間たちは夏の沖縄旅行も、修善寺温泉めぐりも、果ては『早朝4時の池袋で鬼ごっこ』なんてどうしょうもないイベントもやらなかったはずだ。
「俺はとりあえずビール、食い物は適当に頼んでおいてよ、トイレ行ってくるわ」
メニューに夢中の彩夏に声をかけてトイレに立つ、勿論ノアもついてくる。
トイレのドアを開けて個室のドアをロックする、やっとノアと話せる環境だ。
「どうしちゃったのさノア?」
「うーんと…わかんない、ふっと気づいたらここにいて、私こんな新宿なんて来たことないでしょ?だから凄い戸惑っちゃって、凄い人で…したら恵一がいて」
「そうか、ノアは街に出るの初めてだもんな…でもなんで来ちゃったんだろうな」
「何でだろう…私が恵一に会いたかったからかな…ねえ、あれが彩夏さん?」
僕は心のどこかでノアに来て欲しいって願っていたのだろうか、彩夏に会うことにそんな躊躇いがあったのだろうか?
「うん、そうだよ、あれが彩夏、こないだ話したよね」
「ふーん、綺麗な人だね」
「ええ?そうかぁ?がさつで男っぽいじゃんか」
「美人さんだよ、少なくとも私はそう思うって事、わかる?」
この時はよくわかってなかった、ノアの言い方で気づくべきだったのだろうけど、ノアがそう思うって事は僕も心のどこかで彩夏に対してそういう思いを持っていたって事なんだろう、少なくともこの段階では、僕とノアは同機していた、そう思う。
「でもどうしようか、これから食事して色々話すから…まぁ二時間くらいはかかっちゃうなぁ」
「隣に座っていてもいい?大人しくしてるからさ」
「一緒にいるって事?」
「なんかまずい事でもあるの?」
「ううん、そんなことはないけどさ、解った、そうしよう」
内心妄想とは言え、自分の彼女を隣に置きながら別の女性と酒を飲むっていうのは心中穏やかではないのだが、この場合仕方ないと自分に言い聞かせた、何でノアがここに出てきてしまったのか、それは家に帰ってからまたゆっくり考えればいい。
その時、胸ポケットで携帯が震えた、マナーモードにしておいた携帯電話がバイブレーションする。
確認すると彩夏からだった。
『いつまでトイレに篭ってんだ!ビールの泡消えちまうぞ!』
「ほら、こういうメールを送ってくるような奴なんだよ、彩夏は」
「はは、でも面白いね彩夏さん、早く戻ろうよ、怪しまれるのも嫌でしょ?」
席に戻ると既にビールのジョッキは軽く汗をかいて、泡が消えていた。
「恵一いつまでトイレにいるのよ!何?便秘?」
「違うよ馬鹿、仕事の電話もかかってきてたんだよ」
言いながら席に座る、4人掛けの席に二人とノア、僕の横にノアはちょこんと座った。
To be continued…
第5話 ノアの事(2)
休日の新宿は溢れかえる人の波である。
待ち合わせは分かりやすく新宿西口の交番前、という事になっていたが、目的の交番前に付く前に何人もの人と肩をぶつける事になった。
待ち合わせの時間に5分ほど早く到着する、彩夏はまだいないらしい。
大体にして大学のときから彩夏は待ち合わせの時間通りに来た事がない、いつも10分くらい遅れて走りこんでくるのがパターンだ。
「ごめぇん!遅れたぁ!」と言って汗をかき、それでも満面の笑みで待ち合わせ場所に来る彩夏を期待していた。
新宿西口交番前は待ち合わせを待つ人がそこらじゅうに点在して、それぞれが思い思いの時間のつぶし方をしている、携帯を見る人、音楽を聞く人、文庫を開く人、何もしていない人。
僕はそういう人間観察が好きだ、人が何を考えてるのかを考えるのが好きだ。
自分自身が確固たる自分というものを誇示できない性質なので、どうしても人の顔色を伺って生きる癖みたいなものが付いてしまった。
ノアと居てもそうだ、ノアの考えや行動が自分の潜在意識から生まれたものだろう、という漠然とした認識はあるけど、日々ノアの行動は僕の予想を超えている気がする。
ノアの事を考え出したのは就職してすぐ位だ、住み慣れたアパートの住み慣れた部屋、でも日常の生活は入社を境目に圧倒的に激変した。
変化が嫌だったわけではないが、変わらない環境と変わりすぎた生活の境目が欲しかった。
そのときに想像したのが、単純に理解してくれる彼女がいたらなぁ、という事だ。
今まで恋人がいなかったわけではないが(高校時代に二人、大学時代は彩夏たちサークル仲間には内緒で付き合った人が一人いた、2週間で別れたが)
やはり女性と付き合う、というのは苦手だった。
何しろこっちの思惑を簡単に飛び越えるのが女性というものだと思う。
まともに会話しようとしても興奮していれば支離滅裂な倫理観を押し付けてくる。
落ち着かせようとすると「馬鹿にしないで!」と殴られたのはいつまでたってもいい思い出にならない。
まぁ、僕が過去に付き合った女性が特別だったのかも知れないが、なんにしろいい思い出という物は無い。
それでも人間というのは因果なもので、一人で居たくない時もある、それもしょっちゅうだ。
ただですら奥手で人の顔色を伺うタイプの僕が出会いも少ない中、自分とピッタリ会う女性を探すのは至難の業である。
だから妄想の彼女を作ることにした、所詮マスターベーションの延長のようなものだったが、それはそれなりに僕は楽しかった。
面白くも無いテレビを見ながら「これ面白くないね」と独り言を言い、それに対して僕の彼女だったらどう答えてくれるかな…と想像する。
そんな日々を繰り返していくと、僕の妄想彼女、ノアは段々と形を成していった。
人間は成長するものだと思っているが、日々妄想を繰り返しているとその練度も上がっていくらしい。
シミュレーションに次ぐシミュレーションはより高度な意識下の脳内プログラムを生み、見えないものも見えてくる「ような」気がするのだ。
ノアはすでに僕の中ではなくてはならないものになっているし、彼女の発言は僕の意識化の考えを発見させてくれたり、わかりきってる事を再確認させてくれたりするのだ。
それ以上に僕は彼女に癒されている、客観的に見れば自分の意識で自分が癒されているんだから、これ以上お手軽で簡単な事は無いだろう。
ただ一ついえるのは、ノアは所詮僕の妄想ながら僕自身がノアを「彼女」と形容するように
ある部分既に別人格として捉え始めていることだ。
それくらい僕の生み出したノアという仮想人格はリアリティを帯びている、ノアはもう僕の妄想では無く。
僕の恋人だ。
「すいません、今何時でしょうか?携帯の電源が切れちゃって」
不意にかけられた言葉で思考を断ち切る、見ると小柄な女性が申し訳なさそうな顔で僕を見ている。
言われて左腕の時計を見る、長い時間考えていた気がするが、実時間にするとほんの1~2分程度のものだったらしい。
「7時58分ですね」
答えると声をかけてきた女性は礼を言い足早に立ち去っていった、彼氏との待ち合わせにでも遅れそうなのか?と思う。
そういえば僕とノアが恋人同士であっても、待ち合わせに遅れるなんていう事はない。
勿論僕自身がそれを望めば可能ではあるんだろうが、それは予定調和で行われるイベントであって、ハプニングではない。
ノアは僕が望めば現れるし、望まなければ現れない。
往々にして内気な僕は彼女を家の外に連れ出すような事は無く、彼女の生息区域は僕の古いけれども住みやすい8畳の部屋とアパートの中、近くのコンビニくらいのものだ。
「よぉ!恵一!」
その時後ろから声をかけられた、振り返るとそこには彩夏がいた。
薄手のブラウスに濃い目のベージュのパンツ、大学時代は絶対に履かなかった低めのパンプスを履いている。
「どうしたよ彩夏!時間通りじゃんか!」
「あのね恵一、私もれっきとした社会人、特に時間にうるさい出版業界なのよ?」
「それは失礼した」
ぞんざいな物言いといい、腰に手を当てて話す癖といい、彩夏は2年前から全く変わってなかった。
それはそれで僕を安心させた、彩夏から久々に大学のみんなで集まろうという話が来たときに懸念したのはそれだった。
僕だけが変わらないままなんじゃないだろうか?みんなが僕の届かないような社会人としての成長を遂げていたら僕はどうしたらいいんだろう?
そんな不安があったので僕は彩夏に「前もって打ち合わせしよう」という口実の元に彩夏と二年ぶりの再会を新宿で行う事にしたのだ。
ノアは不安がっていた、確かに過去に僕は彩夏に心惹かれていたが、それはそれでもう過去の話だ。
でもノアが不安がるという事は、僕自身が心のどこかで不安だったという事なのか?
「さあ行こう!お店適当に予約しておいたからさ、安くてそこそこ美味しい店!」
彩夏が先導するようにエスカレーターのほうに向かう。
「了解了解、せっかちだな彩夏は」
僕は後を追おうとする、彩夏は慣れた足つきで人ごみを避けていく。
その人ごみの中、見慣れた顔と目があった。
連れてきてないのに。
人ごみの中にノアが居た。
To be continued…
待ち合わせは分かりやすく新宿西口の交番前、という事になっていたが、目的の交番前に付く前に何人もの人と肩をぶつける事になった。
待ち合わせの時間に5分ほど早く到着する、彩夏はまだいないらしい。
大体にして大学のときから彩夏は待ち合わせの時間通りに来た事がない、いつも10分くらい遅れて走りこんでくるのがパターンだ。
「ごめぇん!遅れたぁ!」と言って汗をかき、それでも満面の笑みで待ち合わせ場所に来る彩夏を期待していた。
新宿西口交番前は待ち合わせを待つ人がそこらじゅうに点在して、それぞれが思い思いの時間のつぶし方をしている、携帯を見る人、音楽を聞く人、文庫を開く人、何もしていない人。
僕はそういう人間観察が好きだ、人が何を考えてるのかを考えるのが好きだ。
自分自身が確固たる自分というものを誇示できない性質なので、どうしても人の顔色を伺って生きる癖みたいなものが付いてしまった。
ノアと居てもそうだ、ノアの考えや行動が自分の潜在意識から生まれたものだろう、という漠然とした認識はあるけど、日々ノアの行動は僕の予想を超えている気がする。
ノアの事を考え出したのは就職してすぐ位だ、住み慣れたアパートの住み慣れた部屋、でも日常の生活は入社を境目に圧倒的に激変した。
変化が嫌だったわけではないが、変わらない環境と変わりすぎた生活の境目が欲しかった。
そのときに想像したのが、単純に理解してくれる彼女がいたらなぁ、という事だ。
今まで恋人がいなかったわけではないが(高校時代に二人、大学時代は彩夏たちサークル仲間には内緒で付き合った人が一人いた、2週間で別れたが)
やはり女性と付き合う、というのは苦手だった。
何しろこっちの思惑を簡単に飛び越えるのが女性というものだと思う。
まともに会話しようとしても興奮していれば支離滅裂な倫理観を押し付けてくる。
落ち着かせようとすると「馬鹿にしないで!」と殴られたのはいつまでたってもいい思い出にならない。
まぁ、僕が過去に付き合った女性が特別だったのかも知れないが、なんにしろいい思い出という物は無い。
それでも人間というのは因果なもので、一人で居たくない時もある、それもしょっちゅうだ。
ただですら奥手で人の顔色を伺うタイプの僕が出会いも少ない中、自分とピッタリ会う女性を探すのは至難の業である。
だから妄想の彼女を作ることにした、所詮マスターベーションの延長のようなものだったが、それはそれなりに僕は楽しかった。
面白くも無いテレビを見ながら「これ面白くないね」と独り言を言い、それに対して僕の彼女だったらどう答えてくれるかな…と想像する。
そんな日々を繰り返していくと、僕の妄想彼女、ノアは段々と形を成していった。
人間は成長するものだと思っているが、日々妄想を繰り返しているとその練度も上がっていくらしい。
シミュレーションに次ぐシミュレーションはより高度な意識下の脳内プログラムを生み、見えないものも見えてくる「ような」気がするのだ。
ノアはすでに僕の中ではなくてはならないものになっているし、彼女の発言は僕の意識化の考えを発見させてくれたり、わかりきってる事を再確認させてくれたりするのだ。
それ以上に僕は彼女に癒されている、客観的に見れば自分の意識で自分が癒されているんだから、これ以上お手軽で簡単な事は無いだろう。
ただ一ついえるのは、ノアは所詮僕の妄想ながら僕自身がノアを「彼女」と形容するように
ある部分既に別人格として捉え始めていることだ。
それくらい僕の生み出したノアという仮想人格はリアリティを帯びている、ノアはもう僕の妄想では無く。
僕の恋人だ。
「すいません、今何時でしょうか?携帯の電源が切れちゃって」
不意にかけられた言葉で思考を断ち切る、見ると小柄な女性が申し訳なさそうな顔で僕を見ている。
言われて左腕の時計を見る、長い時間考えていた気がするが、実時間にするとほんの1~2分程度のものだったらしい。
「7時58分ですね」
答えると声をかけてきた女性は礼を言い足早に立ち去っていった、彼氏との待ち合わせにでも遅れそうなのか?と思う。
そういえば僕とノアが恋人同士であっても、待ち合わせに遅れるなんていう事はない。
勿論僕自身がそれを望めば可能ではあるんだろうが、それは予定調和で行われるイベントであって、ハプニングではない。
ノアは僕が望めば現れるし、望まなければ現れない。
往々にして内気な僕は彼女を家の外に連れ出すような事は無く、彼女の生息区域は僕の古いけれども住みやすい8畳の部屋とアパートの中、近くのコンビニくらいのものだ。
「よぉ!恵一!」
その時後ろから声をかけられた、振り返るとそこには彩夏がいた。
薄手のブラウスに濃い目のベージュのパンツ、大学時代は絶対に履かなかった低めのパンプスを履いている。
「どうしたよ彩夏!時間通りじゃんか!」
「あのね恵一、私もれっきとした社会人、特に時間にうるさい出版業界なのよ?」
「それは失礼した」
ぞんざいな物言いといい、腰に手を当てて話す癖といい、彩夏は2年前から全く変わってなかった。
それはそれで僕を安心させた、彩夏から久々に大学のみんなで集まろうという話が来たときに懸念したのはそれだった。
僕だけが変わらないままなんじゃないだろうか?みんなが僕の届かないような社会人としての成長を遂げていたら僕はどうしたらいいんだろう?
そんな不安があったので僕は彩夏に「前もって打ち合わせしよう」という口実の元に彩夏と二年ぶりの再会を新宿で行う事にしたのだ。
ノアは不安がっていた、確かに過去に僕は彩夏に心惹かれていたが、それはそれでもう過去の話だ。
でもノアが不安がるという事は、僕自身が心のどこかで不安だったという事なのか?
「さあ行こう!お店適当に予約しておいたからさ、安くてそこそこ美味しい店!」
彩夏が先導するようにエスカレーターのほうに向かう。
「了解了解、せっかちだな彩夏は」
僕は後を追おうとする、彩夏は慣れた足つきで人ごみを避けていく。
その人ごみの中、見慣れた顔と目があった。
連れてきてないのに。
人ごみの中にノアが居た。
To be continued…




